「ヒョン」と呼ぶのは、簡単なことではなかった。
年上の男性をそう呼ぶには、年齢差だけでは足りない。
仕事や立場を超えた関係があって、
何より、こちらが自然にそう呼びたいと思えることが前提だった。
韓国で暮らしていた頃、
私には「ヒョン」と呼んでいた人が二人いた。
どちらも、
単なる仕事上の付き合いでは説明できない距離にいる人だった。
こちらの年齢が上がるにつれて、
その言葉を使う場面は、むしろ少なくなった。
50歳を過ぎてから、
誰かを「ヒョン」と呼ぶことは、
ほとんどなかったと思う。
だからこそ、
当時、その言葉が口から出ていたことを、
今になって不思議に思うことがある。
ヒョンと酒を飲む時間は、
いつもにぎやかなもの、というわけではなかった。
仕事の話をすることもあったが、
多くは、取り留めのない話だったり、
途中で途切れたり、
しばらく黙ったまま杯を重ねることも多かった。
沈黙が気まずくならない。
無理に何かを言わなくてもいい。
その空気が、
「ヒョン」と呼べる関係を、
少しずつ形づくっていたのだと思う。
教えられた、という感覚とも少し違う。
守られていた、というほどでもない。
ただ、
一緒に酒を飲み、
同じ時間を過ごし、
判断を急がなくていい夜を重ねていた。
それだけのことなのに、
関係は、いつの間にか深くなっていた。
今思えば、
あの酒の席もまた、
「食口」と似た時間だったのかもしれない。
同じ鍋を囲む代わりに、
同じ卓を囲み、
同じペースで酒を飲む。
言葉よりも、
間合いや空気のほうが多くを語っていた。
韓国を離れてから、
彼らと酒を飲むことはなくなった。
それでも、
ふとした夜に思い出すことがある。
あのとき、
自分は確かに、
誰かを「ヒョン」と呼んでいた。
肩書きでも、年齢でもなく、
関係の中で自然に生まれた呼び方。
「兄(ヒョン)」という言葉は、
酒の味と一緒に、
今も静かに記憶の中に残っている。
※本記事は、韓国駐在中に実際に体験した内容を基に、現地生活や異文化理解の参考情報としてまとめたものです。
