呼ばれる側になった、ということ

結婚式の案内状は、届いていませんでした。
だから今回の渡韓は、最初から「招かれた」という感覚とは少し違っていました。

それでも、
行くか行かないかを考えるたびに、
胸のどこかに引っかかるものがありました。

今年1月、仕事で韓国を訪れた際、
新婦の父が、わざわざ結婚の挨拶に来てくれました。
「もし来ていただけたら嬉しいな」
その言葉は、お願いというよりも、
気持ちをそっと置かれたような言い方でした。

現実的には難しいだろう、
無理をさせるつもりはない、
そうした前提が互いにあったからこそ、
案内状は届かなかったのだと思います。

それでも、
行ける状況が整ったとき、
私たちは「行かない理由」を見つけられませんでした。

結果として、
私たちは招待客としてではなく、
「本当に来るとは思っていなかった人」として、
その場に立つことになりました。


結婚式は、新郎新婦が自分たちで考え、
式場の手配も支払いも自分たちで行ったものだと聞きました。
新婦の父はホテルマンで、
いくらでも融通の利く場所があったはずですが、
選ばれたのは、まったく縁のなかったホテルでした。

披露宴は二部制で、
新郎新婦が参加者一人ひとりに、
十分な時間をかけて幸せな姿を見せてくれる形でした。

日本から結婚式のために来たことを知り、
新婦はとても驚き、そして喜んでくれました。
その反応に、
こちらのほうが胸を打たれました。


十二年前に、初めて会った少女が、
今はひとりの女性として、人生の節目に立っている。
その姿を見守ることができたことを、
私たちもまた、静かに噛みしめていました。

式のあと、ご両親から親戚の会食に誘っていただきましたが、
そのお気持ちだけをありがたく受け取り、辞退しました。

その夜は、家内と二人でソウルの街を歩きました。
普段は食材の買い出し以外で出かけることも少なくなっていたので、
久しぶりに話しながら、異国の夜を散歩しました。


韓国の結婚式について書こうと思っていましたが、今回の式は、いわゆる「韓国らしさ」からは少し離れたものでした。

それでも確かにあったのは、
人との距離が縮んだ先に、人生の節目に立ち会う瞬間がある、ということでした。

呼ばれる側になる、というのは、
そういう時間を共有する立場になる、ということなのかもしれません。

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